―虐待的監督行動とエンゲージメント低下をめぐる最新研究からの示唆―
職場におけるハラスメント対策やメンタルヘルス支援は、多くの企業で重要なテーマとなっています。その中で、人事・産業医・保健師の皆さまは、「管理職の言動の問題」をどのように捉えているでしょうか。性格やマネジメントスキル、ストレス耐性といった視点で語られることが多い一方で、より日常的で見落とされがちな要因として注目されているのが「睡眠」です。
近年発表された研究「You wouldn’t like me when I’m sleepy」では、リーダーの日常的な睡眠と、部下に対する虐待的監督行動(Abusive Supervision)との関連が詳細に検討されました。
本記事では、この研究の概要と、人事・産業保健の実務にとっての示唆を整理します。

睡眠不足は“自制心”を奪う
研究の理論的背景にあるのは、「自我消耗理論」です。これは、人が自制心や感情調整に使える心理的資源には限りがあり、疲労や睡眠不足によってそれが消耗すると、衝動的・攻撃的な行動が表れやすくなるという考え方です。
研究では、管理職が前夜にどのような睡眠をとったかと、翌日に部下へどのように接したかを日々追跡し分析しました。その結果、睡眠の「質」が低い日は、威圧的な言動や冷たい態度といった虐待的監督行動が増える傾向が確認されました。
「睡眠時間」よりも「睡眠の質」
注目すべき点は、睡眠時間の長さは、こうした行動と関連しなかったという結果です。
十分な時間ベッドに入っていても、眠りが浅い、途中で何度も目が覚めるといった状態では、翌日の感情コントロールに影響が及ぶ可能性があることを示しています。
この結果は、「長く寝ているのに調子が悪い」「睡眠時間は確保できているが、職場でイライラしやすい」といった現場感覚とも合致するものではないでしょうか?
管理職の行動は「固定的」ではない
本研究が示すもう一つの重要なポイントは、虐待的な監督行動が、その人の性格だけで決まるものではないという点です。行動は日々変動し、特に睡眠の質という可変的な要因に左右されることが示されました。
これは、人事・産業保健の立場から見ると非常に重要な示唆です。問題行動を「個人の資質」に還元するだけでなく、環境やコンディションへの介入によって予防できる可能性を意味しているからです。
エンゲージメント低下への波及
さらに研究では、こうしたリーダーの行動変化が、部下個人のストレスにとどまらず、職場全体のエンゲージメント低下につながることも指摘されています。リーダーの一時的な不調が、チーム全体の雰囲気や生産性に影響を及ぼす構造が浮き彫りになっています。
人事・産業保健ができること
この研究は、睡眠を「個人の生活習慣」ではなく、組織マネジメントの重要な要素として捉える必要性を示しています。例えば、
- 管理職向けの睡眠教育・セルフケア研修
- 睡眠の質を含めたコンディションチェックの導入
- 夜間会議や過度な長時間労働の見直し
- 睡眠改善を目的とした産業保健プログラム
といった取り組みは、ハラスメント予防やエンゲージメント向上にも寄与する可能性があります。
おわりに
「よく眠ること」は、単なる健康管理ではありません。
リーダーの判断力や対人行動を安定させ、職場全体の心理的安全性を守るための基盤でもあります。人事・産業医・保健師の皆さまが、睡眠という視点を組織施策に取り入れることは、これからの職場づくりにおいて、ますます重要になっていくでしょう。
執筆者:
小林 孝徳(こばやし・たかのり)
株式会社ニューロスペース代表取締役社長
一般社団法人 睡眠ヘルスケア協議会 代表理事
一般社団法人 日本睡眠教育機構 認定 上級睡眠健康指導士
著書:
①ハイパフォーマーの睡眠技術 Sleep Skill(実業之日本社)
②睡眠パターン×働き方で導く!あなたの良眠ナビ(池田書店)
③Forbes Japanオフィシャルコラムニスト 睡眠をアップデート