新年度が始まり、新入社員の配属や業務が本格化する時期になると、「集中力が続かない」「ミスが多い」「なんとなく元気がない」といった声が、人事や産業保健スタッフのもとに寄せられることがあります。こうした背景の一つとして、近年注目されているのが「潜在的睡眠負債」という概念です。

睡眠負債という言葉自体は、慢性的な睡眠不足が借金のように蓄積していく状態を指すものとして知られています。その中でも「潜在的睡眠負債」は、本人に睡眠不足の自覚がほとんどない状態を意味します。
「毎日ちゃんと寝ていると思う」「眠れていない感じはしない」と本人は話しますが、実際に睡眠時間や生活リズムを確認すると、必要な睡眠時間よりも平均して約1時間程度不足しているケースが少なくありません。この“たった1時間”が、気づかれないまま積み重なっていく点が特徴です。
なぜ新入社員に多いのか
潜在的睡眠負債は、あらゆる年代で起こり得ますが、特に新入社員に多く見られます。その理由は、生活環境と心理的負荷の大きな変化にあります。
まず、学生から社会人への移行により、起床時刻が固定される一方で、就寝時刻は必ずしも早くなりません。通勤時間の増加、残業、帰宅後の自由時間確保などにより、結果として睡眠時間が削られがちになります。
さらに、新しい職場環境や人間関係、業務への緊張感は、本人が意識していなくても心身にストレスを与えます。こうした状態では、睡眠の質が低下しやすく、「布団に入っている時間=十分な休息」とは言えなくなります。
本人は「以前より忙しいが、慣れれば大丈夫」「若いから問題ない」と捉えがちであり、睡眠不足を不調の原因として結びつけにくい点も、新入社員に潜在的睡眠負債が多い理由の一つです。
1時間の睡眠不足がもたらす影響
1時間程度の睡眠不足は、短期的には大きな症状として現れないこともあります。
しかし、これが慢性化すると、以下のような影響が徐々に顕在化します。
- 集中力・注意力の低下
- 判断ミスや作業効率の低下
- 日中の強い眠気やだるさ
- 感情の不安定さ、意欲低下
- メンタルヘルス不調や体調不良のリスク増加
特に業務安全や品質管理が求められる職場では、本人が「問題ない」と感じている状態で起こるミスこそ、見逃せないリスクとなります。
また、本人が不調を自覚していないため、相談や受診につながりにくい点も、産業保健上の課題といえるでしょう。
本人の「足りている」という言葉をどう受け止めるか
健康面談やストレスチェック後のフォローで、「睡眠は足りていますか?」と尋ねると、多くの新入社員は「足りています」「特に問題ありません」と答えます。これは必ずしも虚偽ではなく、本人の主観としては事実であることが多い点が重要です。そのため、単純なYes/Noの質問だけでは、潜在的睡眠負債を把握することは困難です。以下のような具体的な視点での確認が有効とされています。
- 平日と休日の就寝・起床時刻の差
- 日中に眠気を感じる場面の有無
- 朝の目覚めの感覚(すっきり起きられるか)
- 仕事中に集中が切れやすい時間帯
こうした質問を通じて、「自分では足りていると思っていたが、振り返ると不足しているかもしれない」と本人が気づくきっかけをつくることができます。
企業・職場でできる予防的アプローチ
潜在的睡眠負債は、重症化してから対応するよりも、予防的な関わりが重要です。
企業や産業保健スタッフができる取り組みとして、以下が考えられます。
- 新入社員研修やオリエンテーションで、睡眠の基礎知識と「自覚のない睡眠不足」の存在を伝える
- 保健指導や面談で、睡眠時間だけでなく生活リズム全体に目を向ける
- 長時間労働や不規則な勤務が続いていないか、組織的に確認する
- 「眠れていない=自己管理不足」とならない、相談しやすい風土をつくる
特別な施策を導入しなくても、睡眠を“重要な健康指標の一つ”として扱う姿勢そのものが、早期発見・早期対応につながります。
おわりに
潜在的睡眠負債は、本人が気づかないからこそ、周囲の視点が欠かせません。
特に新入社員は、環境変化の中で無理をしやすく、「まだ大丈夫」という言葉の裏に、静かに睡眠不足を蓄積していることがあります。新入社員が心身のコンディションを保ちながら成長していくためにも、睡眠の“量と質”に目を向けた関わりを、ぜひ日々の人事・産業保健活動の中に取り入れてみてください。小さな気づきが、大きな不調や事故を防ぐ第一歩になるかもしれません。
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https://www.health.com/sleep-debt-8424939
執筆者:小林 孝徳(こばやし・たかのり)
株式会社ニューロスペース代表取締役社長
一般社団法人 睡眠ヘルスケア協議会 代表理事
一般社団法人 日本睡眠教育機構 認定 上級睡眠健康指導士
著書:
①ハイパフォーマーの睡眠技術 Sleep Skill(実業之日本社)
②睡眠パターン×働き方で導く!あなたの良眠ナビ(池田書店)
③Forbes Japanオフィシャルコラムニスト 睡眠をアップデート