
近年、従業員の生産性向上やメンタルヘルス不調の予防を目的として、「健康経営」における「睡眠」対策の重要性が急速に高まっています。2026年7月14日に経済産業省から公表された最新の「第6回 健康経営推進検討会」資料では、次年度の調査に向けた大きな方針転換が示されました。 本記事では、「健康経営の睡眠対策として何から始めればよいか分からない」とお悩みの人事・労務担当者、産業医、保健師の皆様に向けて、最新の国の方針や、健康経営度調査の改訂ポイント、企業が取り組むべき具体的な睡眠施策について分かりやすく解説します。
1. 健康経営において「睡眠」対策が急浮上している背景
これまでも健康経営の文脈で睡眠は語られてきましたが、近年、国を挙げての本格的な推進が始まっています。その背景には、睡眠不足による業務パフォーマンスの低下(プレゼンティーズム)や、心の健康に与える影響についての研究が進んだことが挙げられます。
具体的には、以下のような重要な動向がありました。
- 国の基本方針への明記:
「経済財政運営と改革の基本方針2026」において、「攻めの予防医療」を推進する一環として、「睡眠対策を含む健康経営の推進」が明確に位置付けられました。 - 業界ガイドラインの策定:
2026年3月、睡眠に関連する2つの業界団体が連名で「睡眠関連商品及びサービスに関する業界自主ガイドライン」を公表しました。 - 医療機関における「睡眠障害」の標榜:
2026年6月より、医療機関が「睡眠障害」を診療科名として使えるようになりました。これにより、受診のハードルが下がり、従業員が早期に適切な治療を受けやすくなることが期待されています。
2. 【令和8年度版】健康経営度調査における「睡眠」項目の変更点
健康経営優良法人の認定を目指す企業にとって見逃せないのが、令和8年度の健康経営度調査(大規模法人部門)における変更点です。 これまでの調査(令和7年度まで)では、睡眠に関する設問は「従業員の生産性低下防止への施策」の中に統合されていました。しかし、令和8年度の調査案からは、「睡眠の質向上に向けた取組」が独立した一つの項目として新設される予定です。
これは、経済産業省が企業に対して、より積極的かつ戦略的に睡眠対策へ取り組むことを求めている強力なメッセージと言えます。

3. 健康経営の睡眠対策:企業が取り組むべき具体策
令和8年度の調査票案(Q55)では、企業における睡眠改善の多様化を踏まえ、具体的な施策を問う選択肢が大幅に拡充されました。人事部門と産業保健スタッフ(産業医・保健師など)が連携して進めるべき、3つのアプローチをご紹介します。

- 職場環境と労働制度の整備(ハード・ソフト面)
・休憩・仮眠環境の提供:
リフレッシュルームや仮眠室の設置は、日中の眠気対策として有効です。また、「パワーナップ(積極的仮眠)」などの制度を公式に導入することも評価されます。
当社のクライアント企業様では、三菱地所様が仮眠効果の実証および仮眠室を設置されています。
・照明の工夫(新設):
執務室内の照明を工夫する取り組みとして、人間の生体リズムに合わせた「サーカディアン照明の設置」や、「昼食後の消灯」などが新たな選択肢として追加されました。 - 早期発見と専門家による介入SAS(睡眠時無呼吸症候群)検査の実施:
睡眠の質を著しく低下させ、重大な事故につながる恐れのあるSASの検査を、企業が費用補助を含めて実施することが推奨されています。
当社の睡眠改善サービスですと、睡眠時無呼吸症候群サーベイを三菱ふそうトラック・バス様やGSユアサ様やレゾナック様をはじめ、多くの企業で疾病罹患型の睡眠課題へのアプローチとしてご利用頂いております。 - 産業保健スタッフによる指導:
産業医、臨床心理士、保健師等の専門職による個別の睡眠関連指導の実施が、明確な評価ポイントとなっています。 個別の保健指導においてはプレス工業様が当社のMySleepをご利用頂き、産業保健職がリスク者に個別面談を実施をされております。 - デジタルツールとPHR(ライフログデータ)の活用
・睡眠改善アプリやウェアラブルデバイスの導入(新設):
睡眠改善や休憩取得を促すアプリの提供に加え、「睡眠改善を目的としたウェアラブルデバイスの配布(費用補助を含む)」が新たな評価対象に加わりました。
当社の睡眠改善サービスですと、睡眠改善プログラムBizSleepにあたります。東京メトロ様や旭化成様をはじめ大変多くの企業様でハイリスクアプローチの睡眠改善施策として有効にご活用頂いております。
・PHRデータの利用促進:
睡眠や歩数などのライフログデータ(PHR)をアプリ等で確認・利用できるサービスを導入し、実施した施策の効果検証や次年度の施策検討につなげることが期待されています。

当社がコンサルティングした三菱地所様の仮眠室と予約アプリケーション
出典画像:https://www.businessinsider.jp/article/187917/

プレス工業様での保健師による睡眠個別指導の風景
出典画像:https://www.presskogyo.co.jp/sustainability/social/health_management/

東京メトロ様での睡眠計測ウェアラブルデバイスおよびアプリを使った
睡眠改善プログラムBizSleepの実施風景
画像出典:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000053.000020114.html
では、実際に他企業はどの程度、睡眠対策に取り組んでいるのでしょうか。
令和7年度の大規模法人部門における「従業員の生産性低下防止のために、どのような取り組みを行っていますか」という設問(睡眠関連)の集計結果は以下の通りです。

- 健康経営における睡眠対策の施策例導入企業の割合仮眠室の設置60.8%
- 産業医等による睡眠関連指導の導入47.1%
- 睡眠改善アプリの導入39.6%
- SAS検査の実施18.9%
- 仮眠制度の導入5.1%
「仮眠室の設置」は約6割の企業が進めていますが、制度としての「仮眠制度の導入」や「SAS検査の実施」はまだ実施率が低く、今後の強化が望まれる分野であることが分かります。
5. 睡眠対策で「テーマ別ベストプラクティス」
選定を目指すには経済産業省は、政策的観点から特に企業へ取組を促したいテーマについて、「テーマ別ベストプラクティス」として大企業10社、中小企業40社を選定・公表する予定です。
この重要テーマの一つとして、「③睡眠の質向上に向けた取組(睡眠不調者の改善に向けた取り組み)」が選定されています。

選定に向けた審査は、健康経営の基本を満たしていることを前提に、以下の3つの基準で行われます。
- 先進性:
取り組み内容が先進的であるか、課題解決の新たな着眼点があるか。 - 横展開の可能性:
自社だけにとどまらず、他社でも真似できる・真似しやすい取り組みか。 - 実効性:
施策のKPI達成に対する創意工夫が、どのような効果(定量的な数値変化等)をもたらしたか。
自社の睡眠対策の質を高め、社外へ強力にアピールするためにも、これらの基準を意識した施策の立案と実行が求められます。
6. まとめ:健康経営は「睡眠」から
効果的な対策で生産性向上へ令和8年度の健康経営度調査に向け、国としての「睡眠対策」に対する優先度はかつてなく高まっています。 人事担当者による仮眠制度や照明などの環境整備と、産業医・保健師によるSAS検査の推奨や医学的知見に基づいた個別指導など、両者が連携した多角的なアプローチが不可欠です。さらに、ウェアラブルデバイスの配布やPHRデータの活用など、テクノロジーを取り入れた新しい施策も強力な武器となります。
自社の健康経営を一段階引き上げるために、本記事で解説した調査票の改訂ポイントを参考に、次年度に向けた効果的な「睡眠の質向上」戦略を検討してみてはいかがでしょうか。
執筆者 小林 孝徳(こばやし・たかのり)
株式会社ニューロスペース 代表取締役社長
一般社団法人 日本睡眠教育機構認定 上級睡眠健康指導士
一般社団法人睡眠ヘルスケア協議会 理事長
Forbes Japanオフィシャルコラムニスト。
自身の睡眠障害の実体験をもとにこの大きな社会課題を解決したいと決意し2013年に株式会社ニューロスペースを創業。これまで健康経営や働き方改革を推進する企業200社10万人以上のビジネスパーソンの睡眠改善を支援。一人ひとり最適な答えが異なる睡眠を、如何に楽しくデザインし改善できる仕組みづくりを専門としている。
著書:
・ハイパフォーマーの睡眠技術 Sleep Skill(実業之日本社)
・あなたの良眠ナビ(池田書店)